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フィットネスビジネス11-12月号の特集・未顧客マーケティングに取材記事を掲載いただきました。

健康寿命の延伸は、必ずしも最初から運動を提供しなくてもよい

(株)プロフィットジャパン  代表取締役  菊賀信雅

「わかる」と「できる」の差

東京医科大学 公衆衛生学分野客員研究員や公益財団法人日本健康スポーツ連盟研究員で博士(医学)号を持つ株式会社プロフィットジャパン菊賀信雅氏。PJフィットネス研究所を設立し、フィットネスに関する研究を続け、本誌「Retention 会員定着」のコーナーへの長期連載や『やわらかい体はふとらない』(現代書林刊)などの著書の執筆のほか、「フィットネスクラブ新規入会者の退会に関連する心理的要因:前向きコホート研究【原著論文】」(日本公衆衛生雑誌2021)、「フィットネスクラブ利用経験と余暇活動に求めるベネフィットに対する意識の関連:日本人成人を対象にした横断研究【原著論文】」(日本スポーツ産業学研究2017)、「フィットネスクラブの新規会員における早期退会リスクを推定するモデルの開発【原著論文】」(体力科学2022、10)などの論文も発表している。そして、何より素晴らしいのが、そこでの成果を自社の直営店および提携先の店舗「コンビニフィットネス・ボディメンテナンスクラブ」に活用し、生活者のフィットネスの習慣化を幅広くサポートしていることである。他動運動マシン、体幹訓練用装具を配置し、VRC(加圧)トレーニング、コンプレッション、マッシング・ストレッチなどを提供する同店舗は、全国に現在28店舗あり、フィットネスクラブとは対象顧客を違え、ノンユーザー層、ライトユーザー層を対象にして、コロナ禍においてもサクセスフルに展開している。実務家であり、研究者でもある菊賀氏に、未顧客マーケティングについて、訊いた。菊賀氏は、フィットネス業界の事業者のなかでもいち早く未顧客マーケティングの可能性に気付き、それを実現すべく「コンビニフィットネス・ボディメンテナンスクラブ」を開発し、その展開に取り組んできたわけだが、改めてその可能性や重要性について、今、どう考えているのか訊いた。「私自身は、もちろんそうした市場や顧客にアプローチしていくことの重要性やその成長可能性について、確信を持っていますが、実は、フィットネス業界の関係者も気付いていないわけではなかったのです。かつて一般社団法人日本フィットネス産業協会(FIA)が、企業トップに自由記述で『今後伸びると考える業態』について訊いて、その結果を対象・プログラム・フィットネス機能・エリア・参考異業種の各項目に整理したもの(「フィットネス産業基礎データ調査2008」、2009年11月発表があるのですが、そのなかで頻出するワードとして『専門性』『疾病予防サービス』『パーソナル』『リハビリ』『メディカル』『リラクゼーション』が挙げられていて、特にエリアの項目には『低価格で利用でき、地域とのコミュニケーションの場としての位置づけとなる小規模施設が理想』とのコメントもありました。これは、まさに私たちが、展開している『コンビニフィットネス・ボディメンテナンスクラブ』が備えている特徴とほぼ一致しています。既存のフィットネス事業者のトップの方々は、『今後伸びると考える業態』と意識はしていたものの、なかなかその需要を顕在化させることが難しかったということでしょう」「専門性」「疾病予防サービス」「パーソナル」「リハビリ」「メディカル」「リラクゼーション」「低価格」「地域とのコミュニケーション」「小規模施設」が、今後伸びる業態の要件と考えるのなら、このころから年間200~ 300軒の出店をして急速に成長していった「カーブス」なども、「コンビニフィットネス・ボディメンテナンスクラブ」同様にそれらを比較的多く備えた業態と言えよう。重要なことは、「コンビニフィットネス・ボディメンテナンスクラブ」にせよ「カーブス」にせよ、既存のフィットネスクラブにはあまり反応しなかった顧客層が参加したいと考えるベネフィットを備え、相応の態勢を整え、コミュニケーションし、同時に裏側で顧客が自らの課題を解決できるサービスを提供できるバリューチェーンを構築し、日々、サービスの品質を標準化できるように、実験=検証=課題化=改善を繰り返し、それを整えてきたということだろう。もし今後、新業態で既存の顧客層ではない未顧客層を対象にしたマーケティングに取り組もうとする事業者がいるとしたら、こうしたケイパビリティの重要性にも気付かなければならない。ビジネスモデル化するためには、それを構成するこうした1つひとつの要素をすべて整えてシステマチックに機能させなければならない。それは決して簡単なことではない。例えば、既述の要件の1つとして挙げられていた「メディカル」の要素を備えたフィットネス施設も、この間に全国各地で設立されていたが、サクセスフルに経営できているところは、ごくわずかではないだろうか。要件を知っただけでは、対象顧客の課題に持続的に対応し続けることはできないのだ。「楽しい」「効果を実感できる」「気持ちいい」「習慣化しやすい」が必要日本は、世界的に長寿の国として知られているが、平均寿命と健康寿命の差が、現在、男性で10歳、女性で13歳ある。身体機能障害の状態が、この「差」の期間にあたるわけだ。フレイル(虚弱)の状態から身体機能障害の状態に移行してしまうと、もう元には戻ることはできない。フレイルの状態のときに、いかにノンフレイル(健康)の状態に戻るようにするかがたいへん重要となる。これが、フィットネス事業が、健康寿命延伸産業と言われるゆえんであるのだが、まさにプロフィットジャパンは、この「健康寿命延伸」を事業化しようとしてきたのだ。では、具体的に、どんなサービスを提供し、事業化してきたのか。5つのサービスが掲載されているが、最も上の「I」は医療事業者が提供するサービスで、最も下の「V」は一般的なフィットネス事業者が提供するサービスであり、その間の「II」「III」「IV」の3つのサービスの提供を同社は目指してきた。つまり、医療とフィットネスの間にあるサービスということだ。菊賀氏は、次のように説明する。「この医療とフィットネスの間のサービスを求める顧客層が、フレイル領域にいる生活者で、最低でも数百万人はいるわけです。この顧客層の健康寿命を延伸するには、それぞれの顧客の状況に合わせた健康づくりが必要になりますが、いずれにも共通する重要なこととして、血行をよくすることが挙げられます。そして、そのためのソリューションとしては必ずしも運動でなくていいのです。私が特に重要と考えているのは、(先の図18のなかのIVの項目として示されている)軽運動です。あるいは、マッサージに加えて、軽運動をすることでもよいでしょう。コンビニフィットネス・ボディメンテナンスクラブには、スミスマシン等も置いてはいますが、せいぜい10 ~15kg程度でスクワットする程度です。さらに、補助的に(図18の中のIIの項目として示されている)プロテインなどの摂取も提案しています。フレイル領域に入ると、疲れやすくなり、歩くスピードが遅くなってきて、身体のどこかに痛みを抱えていたりするので、私たちのクラブでは、これらに対して、入会時点から個別にフィットするソリューションを提供し、対応していくことにしています」コロナ禍でのコンビニフィットネス・ボディメンテナンスクラブの経営状況等はどうなのだろう?「クラブにもよりますが、コロナ禍でもそれほど辞めるお客さまはいませんでした。入会には少し影響があったものの、在籍会員数はそれほど落としていないクラブがほとんどです。

また、この間も、事業再生補助金などを活用し、新規出店されたクラブ(FC店)が6軒あります。
フレイルに対応する当社が開発したプログラムは、すべてエビデンスがあるものですから、もちろん未顧客にも受け入れやすく、加えて公的な補助金や融資なども受けやすいのです」
先の図17の中のⅢに示されているマッサージやリカバリー、リラクゼーションなどのプログラム・サービスは、確かに未顧客の行動(参加)意欲を惹き出すのに、寄与していそうだ。実際に、学会発表されたエビデンスでも、「高齢者における継続性のある運動には対象者が『楽しい』『気持ちがいい』と思えること、『効果を実感できること』『習慣化しやすいこと』の要素が必要」(細井俊
希他、2011)とされている。また、海外にも「疲れを感じるものや道具が必要なもの、運動していて気持ちがよくないものは自主的な運動継続に向かない」(Forkan et al.2006)との論文もある。「私たちフィットネス業界の関係者や(人口の3~4%を占める)フィットネスクラブの既存会員は、相応の強度の運動を好んで求め、継続もできるのでしょうが、残りの97 ~96%の一般的な生活者のほとんどは、そうではないわけで、しかもフレイル領域にある人々は、もっと運動へのモチベーションが低いと思われるので、『楽しい』『気持ちがいい』と思えること、『効果を実感できること』『習慣化しやすいこと』の要素が必要なのです」
こう、菊賀氏は言う。実際に、これまでは、未顧客に近い層が既存のフィットネスクラブに入会したとしても、提供されるプログラム・サービスの強度が強すぎたり、雰囲気になじめなかったりして、入会3ヶ月目までにその多くが退会していよう。
入会~6ヶ月のスパンで確認すれば、そのほとんどが退会しているのではないか。入会するという行動をとってくれる層はまだ対応の仕方があろうが、入会する気にもならない多くの未顧客層に対しては、従来型のマーケティングは通用しない。それでは、未顧客層の行動(参加)意欲を惹き出すことはできないだろう。したがって、今後は、対象顧客は「参加しない」「続かない」という前提で、マーケティングを考えないといけない。新たなマーケティングを考える と き に、 4P (Product・Price・PlacePromotion)、またはそれに3P(Personnel・Process・PhysicalEvidence)を加えた7Pで、未顧客に対応した受け入れ態勢を構築していかなければならないが、そのなかでとりわけ重要になるのは、Productに相当するプログラム・サービスだろう。
「既存のフィットネスクラブは、超がつくほど健康な人を相手にしているので、ご紹介したような高齢層・フレイル層のニーズに対応したリカバリー、ボディメンテナンス関連のプログラム・サービス―筋肉を伸ばす、ほぐす、緩める、温めるなどやウォーキングなどの軽運動をして、血行促進する―を導入しているところは少ないと思いますが、これからはこうした対応もして、それなりに
プロモーションしていかないと、在籍会員数を高めていくことは難しくなるでしょう。現時点で、日本の総人口のうち、7割は40歳以上なのですよ。そして、フレイル予備軍やフレイルの方々は増え続けているんですよ」入会してほしい未顧客層が、行動(参加)意欲を高めやすい文脈でのマーケティングミックスを構し、実践していくことが大切になるのだろう。顧客層もボストンコンサルティンググループのPPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)やロイヤルティの梯子(ピラミッド)のように3~5層に分けて、各層にふさわしい対応をしていくことが大切になるのだろう。「入会された個々のお客さまに対して、最適化したサービスを提供するのは、当然のことですが、だからと言って難しいことを覚えて言えなければいけないかというと、そうではなくて、私たちが提供するサービスは医療の領域ではなく、あくまでリカバリー、ボディメンテナンス、フィットネスの領域のものであり、それらを私たちほど運動や身体などのことについて基礎的な知識のないお客さまに伝えるわけですから、難しいことを言っても動機づけにはなりません。ですから、私たちのクラブでは、ほとんどのマシンを電動式・他動式にしています。『これならラクだ』『気持ちがいい』と思っていただき、そして『続けられそう』と思っていただけるようにしているのです。特に、カウンセリングと入会からの2ヶ月間の対応が大事なのです」こう、菊賀氏は、シンプルだが、心地よいと感じられるアプローチでモチベーションを惹き出していくことの重要性を、述べる。日常的な生活習慣を改善していくサポートを日本人は、世界的に見ても、座位でいる時間が長いことで知られているが、コロナ禍によって、それが3時間/日から5時間/日に増えた。研究の結果からは、座位時間が4時間/日を超えると、死亡率が高まりまると言われている。こうしたごく日常的な生活習慣を改善していくことも、フィットネス事業者の重要な役割のように思えるが、どうなのだろう?「もちろん、フィットネスクラブの関係者は、会員だけではなく、地域の生活者に対しても、そうしたことを伝え、座位時間の低減や座っていたとしても1時間ごとに立ち上がって少し動くこと、さらには習慣的に運動することなどを啓発していくことが大事でしょう。習慣的に運動するといっても、普通の人は、一般的なフィットネスクラブの会員のよう
に数時間も運動していることができません。せいぜい30分程度でしょう。それでもいいのです。取り掛かりは、それでも十分です」
菊賀氏は、未顧客に寄り添ったアプローチをしていくことの重要性を、こう語る。同社は、会員に対しては、すでにアプリやウェアラブルなども活用して、日常的な生活習慣の改善にも取り組んでいる。やがてムーブ・トゥ・アーンやスリープ・トゥ・アーンのようなサービスも取り入れていくようになるのかもしれない。また、視座を高めて見渡すと、かつてのCCRC(高齢者が健康な段階で入居し、終身で暮らすことができる生活共同体)や今、盛んに取り組まれているスーパーシティを見据えたスマートシティ構想やスマートウェルネスタウン構想などにも、フィットネスにおける未顧客マーケティングのアプローチは取り入れられてよいようにも感じるが、こうした動きについて、菊賀氏はどう考えているのだろう?「もちろんそうした視点と取り組みは、大切になります。当社の関係しているところでも、『ASMACI藤沢』というPFI(官民共同事業)による多世代交流施設があり、そのなかの真ん中に『コンビニフィットネス(ボディメンテナンスクラブ)』も入り、2022年9月から営業を始めています。ここは、そのほかにも小児科や歯科のクリニック、薬局、介護施設、言葉の相談室を備えていて、子育て支援、多世代交流、健康維持、介護支援などのサービスを提供しています」ワンストップで、クリニックや介護施設、子育て支援施設などに加えて、フィットネス・リカバリー・ボディメンテナンス施設があれば、ユーザーも安心して、こうした施設を利用することができよう。あるいは、旗艦店の周りに複数のサテライト店を置くような展開をしてもよいのかもしれない。菊賀氏によれば、後者のような展開をしている事業者も、すでにあるようだ。そうした事業者は、地域包括支援センターなどとも連携して、そのエリア全体の介護予防や介護において中心的役割を果たしているようだ。今後は、フィッネス事業者のなかからも、こうした戦略的方向性をもち、事業展開していくところが各地に出てくること
だろう。人口動態を考えると、この流れはごく自然のものと言えよう。

 

人にただ情報を伝えただけでは行動しない
未顧客マーケティングをしていくうえで、もし「メディカルフィットネス」に、その可能性があるとしたら、それをどう定義して、取り組んでいけばよいのだろう? 菊賀氏に、問うた。
「メディカルフィットネスという概念は、医療機関が、フィットネス施設を備え、そこで専門医の監修のもと、主に個々の疾病者、あるいは未病者(疾病予備軍)に合った最適なプログラム・サービスを提供するという文脈で用いられることが多いのかと思いますが、私はシンプルに一言で『運動療法』と捉えています。それに取り組むことで、ステイホームによる長時間の座位行動を減らし、さらに不定愁訴や身体の不調を訴える人を減らして、新型コロナウイルスによる感染症に打ち勝っていくことが求められていると思うのです。『コロナが終息すれば、顧客は戻ってくる』という業界関係者がいますが、これは幻想であり、決してそんなことはありません。今のままでは、コロナが終息することも、顧客が戻ってくることもありません。だからこそ、運動療法が必要なのです。運動療法は、これまではどちらかと言えば、整形外科的なアプローチが主体でしたが、近年では生活習慣病改善や心臓リハビリテーションのような内科的アプローチも活用されるようになってきました。基本的なアプローチは、歩行などの有酸素運動による中性脂肪や体脂肪の減少(肥満症・高脂血症)、高血圧、血糖の低下、糖質代謝(糖尿病)の改善などです。また、運動による刺激による、筋委縮や骨粗鬆症などの予防、ストレス性疾患の改善にも効果が期待されています」

菊 賀 氏 は、『Fitness Business』誌での自身の連載でも、「COVID-19と共に生きる:『運動はそのための薬』」とのテーマで、この間ずっと寄稿していて、そこでは一貫してフィットネス事業者が取り組むべき「運動療法」について解説している。コロナ禍が拡がり始めた当初、当時の首相が、あたかもフィットネスクラブがクラスター源であるかのような発言をして、そこからフィットネス業界は大きな風評被害を受け続けてきているが、いまだに首長や自治体や企業のリーダー的立場にある者のなかには、誤解していて、哀しいかな、まだ『フィットネスクラブに行ってはいけない』と喧伝している者がいるため、菊賀氏は、こうした誤解を解くために、エビデンスを示し、フィットネスの啓発活動に取り組んでいる。
実際に、この間に、エビデンスの信用レベルが高い医学誌でも、継続的な運動が新型コロナウイルスへの感染にどれだけ効果があるのか?あるいは継続的な運動がワクチンの抗体価をどれだけ高めるのか?さらには継続的な運動がどれだけ感染による重症化リスクを減らすのかといったことが、すでに世界各国から100以上、発表されている。まさに「運動 は 薬(Exercise is Medicine)」なのだ。しかしながら、運動が身体的に効果があることを一般生活者に理路整然と伝えたとしても、心が動き、ジムに自然に足を向けるという行動に結びつくとは必ずしも限らないだろう。菊賀氏は、プロモーションやコミュニケーションでは、どんなことに注意し、どのようなアプローチをとっているのだろうか?
「そうですね、その通りです。人は、ただ情報を伝えるだけでは、行動につながりません。行動してもらうためには、複数の情報網から多面的に情報を届けることが必要です。広告手法のスタンダードとして
『スリーヒット理論』(H E,Krugman1972)があります。これは、簡単に言うと、広告は3回以上接触することで効果が高まるというセオリーです。フィットネスクラブでもプロモーションする場合は、例えば、(1)プロモーション内容をホームページへ掲載してから、チラシをまき、(2)懸垂幕や看板などを出して、(3)さらにクラブでの体験会や見学会、さらには町内会でのイベント
などをするといった具合です。デジタルマーケティングを強化したうえで、一度や二度チラシをまいたところで、生活者の動きは限定的でしょう。しかも、前提として、相応のニーズを抱えた対象顧客に、ぴったりと合った媒体を選定し、琴線に触れるコミュニケーションをしていく必要もあります」
菊賀氏は、こう述べ、具体的に対象顧客に向けて「“運動不足”がワクチンの効果と死亡リスクに関わることをご存じですか? 運動習慣者は、市中感染リスクが31%低減される」「運動は奇跡の薬」「自分の身体は感染しやすいかどうかを知ろう。VO2max測定」といったキャッチフレーズに「お試し無料」「3回無料体験会実施」などのオファーをつけ、プロモーション展開をしている
ことを明かす。コンビニフィットネス・ボディメンテナンスクラブでは、体験者にVO2max測定(12分間自転車に乗って、推定値を算出する)を提供し、エビデンス(Ahmed I,et.al 2020)に基づき感染のしやすさを知らせていることが特徴的だ。ちなみに、男性(40 ~ 59歳)は35ml/kg/分以上、女性(同)は30ml/kg/分以上であることを感染しにくいことの基準値とし、運動への動機づけにしてもらえるように、体験者らに伝えている。また、FIA加盟のフィットネスクラブは、厳しいガイドラインに基づき感染予防策を講じていること、利用者が不特定多数ではなく特定できることなどを示したうえで、「フィットネスクラブは、最高レベルの安全
性を確保している」ことも伝えている。菊賀氏は、こうしたことを誰かに頼るのではなく、自ら積極的に発信していくことが大切であると主張している。
「支援」「計画的に行える自信」「自己効力感」「高いレベルの楽しみ」フィットネスクラブの会員予備軍、つまり未顧客層の心に響くプログラム・サービスには、どんなものがあるのだろう? 核心に迫るため、菊賀氏に訊いた。
「私が、調査して論文にまとめ、発表したものに、『フィットネスクラブ利用経験と余暇活動に求めるベネフィットに対する意識の関連:日本人成人を対象にした横断研究【原著論文】』(日本スポーツ産業学研究2017)があるのですが、フィットネスクラブに入る前は、そこに『リラックスやくつろぎを求めている』人が90%ほどいるのに、実際にフィットネスクラブに通っている会員に訊くと、それをあまり求めていなくて、『健康維持を求めている』という結果となりました。ということは、ここに顧客が求めているプログラム・サービスとクラブが実際に提供しているプログラム・サービスとのギャップがあるわけです。これまでに述べてきたように、疲れや痛みに対応したプログラム・サービス、つまりリカバリーやボディメンテナンスなどで、ラクに、気持ちよくなれることが求められていると思うのです。もちろんその先で、軽運動などもできるようにサポートしていくことが大事になるのですが、それはクラブに通うことが習慣化できてからでも遅くないのです。入会直後から、性急にインテンシティの高いプログラムをさせるようなことはしなくてもいいと思います。それから、フィットネスクラブのサービスが施設提供にとどまっているとしたら、これは問題外です。きちんとカウンセリングテクニックを身につけて、そのお客さまの課題に対応したプログラム・サービスを示し、納得していただいたうえで、取り組んでもらえるようにしていくことが大事です」
菊賀氏のこの説明をまとめると、対象顧客が求めているサービスを提供し、さらに徐々に通うことに慣れてもらい、やがて自分1人でも運動できるようにしていくというシンプルなことに集約できそうだが、これができているクラブは極めて稀であろう。
また、菊賀氏は、もっと具体的に、どんなプログラム・サービスが、これまで一度もフィットネスをしてこなかった人の運動の継続に有効かを調査したことがあるという。「(1)ビデオレッスンを提供したグループ、(2)スタジオプログラムを提供したグループ、(3)コーチングを提供したグループの3グループに分けて、3ヶ月間、プログラム・サービスを提供し続けたのですが、3ヶ月後の離脱率は、(1)90% (2)80% (3)48%でした。やはり、継続には、個別で人が介入する必要があるということがわかりました」
アメリカスポーツ医学会(ACSM)も、同様な実験結果を発表していた(詳細は、Fitness Business通巻第121号P80参照)が、菊賀氏はさらにもう1つ、継続に関する実験結果を紹介する。「『フィットネスクラブに行きたい』という行動意図と『行く』という間には、プランニングが必要であり、それには2種類あると、シュバイツァーという研究者が言っています。1つはいつどこでどんな行動をするかというアクションプランであり、もう1つは想定される様々な場面に対処するための具体的なコーピングプランです。では、実際にどんなプランニングが必要になるかというと、これについてはクリスティーナという研究者が、1年間コホート調査し、その結果、『社会的支援』『計画的に行える自信』『自己効力感』『高いレベルの楽しみ』などが必要になると発表しています。そして、とても重要なこととして、顧客満足度と継続の間に有為な相関は見られなかったとしています」要するに、ここで抽出された要素をプランニングして、フィットネスクラブの会員にも提供していくことが重要になるということだ。菊賀氏は、さらに、踏み込んで、こうした要素を参考に、入会者の退会可能性を算出するための問いを作成し、その確率を算出する仕組みをつくり出した。そして、退会確率の高い会員には、優先してフォローアップを提供し、その結果を論文(「フィットネスクラブの新規会員における早
期退会リスクを推定するモデルの開発【原著論文】」体力科学 2022、10)としてまとめるとともに、システム化して、今、コンビニフィットネス・ボディメンテナンスクラブなどで活用している。

実際に、どんな因子を持つ人が、早期退会しやすい傾向が顕著なのだろうか?
「おもしろいなと思うのが、第一四半期(4~6月)の入会者は、辞めやすい傾向がうかがえます。また、教育水準もかなり強く関係します」同社では、入会時点でアンケートに答えてもらい、個々に退会確率を出し、その可能性が高い会員を重点的にマークしてフォローするようにしている。アプリを活用して、そうした会員が、計画した通りに来館しなくなってきたときに、プッシュ通
知をしたり、電話したりするなどして、継続促進につなげているという。
この仕組みを導入してから、退会率が大きく低減することになった。おそらく世界初のエビデンスのある継続支援システムと言えよう。最後に、菊賀氏から、これから未顧客マーケティングに取り組もうとするフィットネス事業者に向けてメッセージをいただいた。「健康寿命の延伸には、必ずしも最初から運動を提供しなくてもいいと思います。もう少し視野を広げて、どうしたら健康寿命を延伸できるのかと考えてみてほしいと思います。目の前に、何かしら不定愁訴や痛みを抱えている人がいたときに、医学的な治療や運動による介入だけが、それらを解消するソリューションではないのです。もちろんそれらを本当に必要としている人もいるの
でしょうが、多くは、リカバリーやボディメンテナンス、軽運動というところから入って、健康づくりを習慣化していくことから、解消していけます。また、情緒的なサポートや人々とのつながりも大切です。ぜひ科学的なエビデンスに基づき、運動指導だけではないプログラム・サービスを幅広い視点から個別に提案、提供していくようにされるといいかと思います」
フィットネス産業を、健康寿命延伸産業と再定義して、未顧客マーケティングに取り組んでいくことの大切さがわかる1。

 

 

 

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